家族会「高次脳機能障害友の会・いばらき」

















当会会員の著書「お母さんのこと忘れたらごめんね」のご紹介

著者:石ア 泰子
発行:ブイツーソリューション
発売:星雲社
定価:本体1300円+税

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「抗NMDA受容体脳炎」をご存知ですか?
8か月間意識を取り戻さない娘のために母が決断したことはー。

この度、会員の石崎泰子さんが突然娘さんを襲った病、抗NMDA受容体脳炎によって起こった様々な事を、日々綴った日記をもとに本を出版しました。
高次脳機能障害とは、交通事故や転倒などによる外傷性脳損傷や、脳卒中・脳炎・低酸素脳症など、誰でも発症する可能性のある疾患の後遺症により脳が損傷を受け、記憶・注意・感情などの“高次な”脳機能に障がいが現れることです。
このような障がいを「高次脳機能障害」といい、生活や仕事に支障がでたり、対人関係に問題がでる場合があります。外見上ではわかりにくく「見えない障がい」とも言われ、周囲の方の理解を得られにくいという特性があります。
本の主人公である石ア美香さんは、この病気の後遺症として高次脳機能障害があることがわかりました。

著者であるお母さまは「私の病気のことを本にしてほしい」という娘さんの強い願いに、最初は戸惑い、そして迷いながらも、数年をかけてこの本を書き進めていきました。
認知されていなかったために、治療が遅れてしまった自分の病気について、世の中の人たちに知ってほしい。この病気で現在も苦しんでいる患者や家族だけでなく、医療者にもこの病気を知ってもらいたいという美香さんの思い。
そして、高次脳機能障害があったとしても、合理的配慮があれば「働く」ことができるということを、自分の障がいの特徴を自ら発信することで、叶えてきたのです。
この本が、必要とされる様々な方たちの手に届けられることを、私たち家族会も願っています。

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石ア泰子著「お母さんのこと忘れたらごめんね」を読んで     
                茨城県立健康プラザ 大田仁史
題を見て、本人の闘病記かと思いました。それにしてはICUでの母親の苦労話が多いと思いました。題を「お母さんの苦労を忘れないでね」がよいかと思ったほどです。しかし最後まで読んでこの書が抗NMDA受容体脳炎とその後遺症である高次脳機能障害に対する本人、友人、家族、医療者による膨大な啓発書であり臨床報告であることがわかりました。これほどくわしく書かれた啓発書や臨床報告は本邦では初めての本ではないでしょうか。
抗NMDA受容体脳炎という病気を私もこの本を読むまで知りませんでした。高次脳機能障害はいろいろの原因で起こり、
その症状が多彩であることはリハビリテーション科で仕事をするようになって知っていました。短期記名障害が強い患者さんの主治医をしたこともあります。その彼は、トイレに行ったまま病棟に帰ってこられませんでした。きっと病棟に帰ろうと動き回り、その目的もわからなくなって病院を出てしまったと思われます。7キロも離れたJRの駅舎で発見されたのです。自分の今言ったこと、したことが覚えられず、生活が成り立たないのです。メモをとってもメモを見ることを忘れるし、メモの内容の脈絡がわからなくなってしまうのです。彼は2階から転落した頭部外傷による高次脳機能障害者でした。少しずつ回復してきましたが、長い間母親がそばにいる必要がありました。
この書の当事者の美香さんは今も高次脳機能障害と闘っています。原因は難しい名前の脳炎です。この病名が確定したのは美香さんが病気になる少し前でしたから治療にあたった神経内科の先生が対策を詳しく知らなくても攻めることはできません。しかし、何十日も意識が戻らないという状態が続いて、神さまの糸に繰られるように専門医にたどり着いたのです。 
意識のないわが子と毎日接しているご両親、ことにお仕事もやめ付き添ったお母さんの思いは想像を絶します。実は日記で書かれた導入部分の長さが、この書のもっとも重要な部分であったのです。先が見えない暗黒の中にいる思いを伝えるにはこの部分が欠かせないのです。私も、次の日には改善の兆候が出るか出るかと思いながら読んでいきました。医療のことがわからず気持ちが右往左往する家族の様子、些細な変化に改善を期待したり、「もういい」と娘はあきらめかけているのではないかと疑心暗鬼したりする親心が手にとるようにわかります。そして9か月たって美香さんは奇跡的に眠りから覚めたのでした。
 闘病記や看病記を読むたびに私は「人はどこまで優しくなれるのだろう」、「他者のことをどこまで考えられるのだろう」と思います。当たり前のことですが、他人が当人に代わることはできせん。しかし親は子に代わってやりたいと思います。柳田邦男氏は「犠牲」という著書の中で、ご子息が脳死状態になり臓器提供を決めるまでの苦しみを著し、家族にとって家族の死は「2人称の死」と書いておられます。医療者にとって患者はどこまでいっても3人称なのです。一方親にとって子は1人称に限りなく近い2人称なのです。人を思うやさしさの遺伝子がオンされるからです。この書からもご家族の、特にお母さんの気持ちはまさにそのような中におられたことが伝わってきます。
本書は、第1章発病、2章ICU入院、3章抗NMDA受容体脳炎、第4章リハビリ、第5章社会復帰、で構成され、あとがきに続いて、主治医の先生と友人の特別寄稿、そして丁寧に疾患解説、トピックスからなっています。
若い女性で、脳炎の症状で意識がなくなった場合、この病気を考えなければならないこと、そして、あきらめることなくきちんとした治療をすれば改善していくことをこの書は教えてくれます。医学の言葉で説明されればおそらく世の中の人々は何の病気のことかわからないでしょう。この書は一般の人が読んでも理解できます。また臨床家には病気の症状だけでなく、家族の気持ちを理解するうえで参考になると思います。その意味で啓発書であると同時に、総合的な臨床報告の書でもあるといえます。
私自身はリハビリテーションを中心に仕事をしてきましたので、リハビリの部分は理解しやすいのですが、前段の診断が確定するまでの部分やこの疾患に対する当事者の人たちの社会的な努力に関しては大変勉強になりました。
高次脳機能障害者として美香さんの闘いは、トイレから帰ってこられないほどだった記銘力障害がどこまで改善するか。失敗を繰り返した就業は本当に成功するのか、自動車の運転は心配なくできるようになるのか、お母さんでさえ「障害を甘く見ているのではないか」と思うような本人も気が付かない心の動き、などなどこれからも長く続くと考えられます。高次脳機能障害についてはまだまだ社会的な認知は足りません。このような本によってのみ少しずつ社会も学んでいくのだと思います。
最後に3人称の私ではありますが、お母さんが願っているいい伴侶に恵まれることを祈っています。